前回の続きで音楽に物語をつけようという試みです。
音は常に創造力と共に存在するのです。その実現のために簡単な物語やあらすじ作りが役に立ち、弾くことを作業化させないための強力な助っ人になってくれます。
あらすじを考える
「リスト:バラード第2番」を例にとってみましょう。
前回の「愛の夢」は少し詩的な作りにしましたが、こちらは絵本のようなあらすじにできます。
例えばこんなふうに。
暗い森の奥、灰色の雲と強風が渦巻く山に、魔物が住むお城がある。
なんとその城の塔には美しい姫が捉えられているではないか。
姫は窓から見える空や鳥や樹木に向かって、いつか自由になれるようにと願い歌う。
魔物の怖さと神秘さ、姫の美しさが対照的だ。
そこへ、姫の歌声を聞いた一人の勇敢な王子がやってくる。
魔物は上下左右縦横無尽に襲い掛かり、王子も必死で応戦する。
やがて長い死闘の末に倒れていったのは…魔物のほうであった。
勝利した王子はさっそく姫を助け出し、愛の二重唱を歌う。
そして幸せにくらした(とさ)。めでたし、めでたし。
といった具合です。
まったく私の自分勝手な物語作りですが、音楽に自分なりのリアリティを込めるのには効果的ではないでしょうか。音と技術のバランスを取るのにも大きな助けになります。
あらすじが決まると音や技術に対する要求も高まるので、自然に説得力が増します。特にフレーズを作る呼吸や音の距離感はこれによってかなり鋭くなり得るでしょう。もちろん聴力と指先を注意深く使わなくてはいけませんが。
あらすじ作りは音楽の楽しみの一つ
例え、歯が浮いたとしても、クサイ話しだったとしても、幼い話法であったとしても、音楽を盛り上げるのに有効な手立てだと考えています。そして音からイメージする物語つくりは音楽の楽しみの一つです。
レッスンの場などで、小さな生徒から大人までこのイメージ作りやあらすじ作りを試みますと、最初は恥ずかしそうにしていてもだんだんノリにノッて予想を超えた楽しみに発展することも多いです。演奏密度を濃くして、演奏を技術作業で終らせないために有効な手段ですので、多くの方にお試しいただきたいと思っています。
時にはあらすじにならないことも
中には物語やあらすじのつけ難い音楽もあります。
リストに比べたらベートーヴェンのソナタなどはまとまったお話しにはなりにくいかもしれませんが、かならず花火が打ち上がる場所があるのでそれを探すストーリーが考えられます。
主人公などがいなくて景色がずっと続いてしまうこともあるでしょう。その場合はその景色を見ている視点や色、温度などを感じていくといいと思います。ストラヴィンスキーには私は景色と時代を感じます。まるで彼が歩きながら聴いた音を曲にしているかのように、建物の音、工事の音、機械の音、人の喧騒、時には落ち着いた生活音などがそこここに聴こえて彼と一緒に歩きながら街の風景や美術館や劇場を見ているような気になります。
また、チェンバロ曲などではそのドラマ性を表すきっかけが、ロマン派などよりもずっとささやかなものであったり、たった一音だけ構成している和音から外れただけで何かが大きく変わることを必然的に表していたりすることもあります。声部の増減や2小節程度のリズムの変化などもきっかけになります。もちろんいきなりジャーンということもあります。描写音楽も多数ありますからそれなどは描写対象の身振りや動きを考えると楽しくなりますね。