
コンサートご案内のつづき
前回のコンサートご案内のつづきです。
2021年11月12日(金)19:00~ 紀尾井町サロンホール
「山川節子の箱型洋琴シリーズ その1」
クレメンティが作ったピアノで聴く
~麗しのソナチネ~
チケット(5000円)ご購入方法
クレジットでご購入の方は https://setsuko-y.stores.jp
メールでお申込み、お問合せの方は concert123square@gmail.com
この楽器との出会いをざっとお話ししましょう。
クレメンティの工房で1810~15年ごろに、特別な材料を使い、手の込んだ装飾を施した特注の楽器が製作されました。それが今回の美しい楽器です。時は流れて、この楽器は1960年代ごろから長いことイギリスのフィンコックス楽器博物館に展示されていました。しかしその博物館の閉館が決まり、2015年にそこで仕事をしていた修復家の太田垣 至氏の手に委ねられることになり、はるばる日本へと運び込まれました。
ある時、私が太田垣氏の工房にお邪魔すると、外装は美しいものの、ほこりをかぶったこのピアノがありました。弦もボロボロでまともな音はでませんでしたので、一見して帰ろうとしましたが、なぜか後ろ髪をひかれるような思いが起こりました。
その時です!ご一緒していた武久源造さんが大きな声で「この楽器は山川さんの所にいくべきだよ!」とおっしゃったのです。
「べき」とは何か?なぜこの楽器なのか?音も出ないのに?と一瞬たじろぎましたが、後ろ髪を引っ張られた私としては、考慮せざるを得ません(笑)。
もちろんそれから何日も考えたし、もう一度見に行ったり、叩いたり、なでたり、楽器と以心伝心できるかなと触ってみたりして、さんざん迷って考えた末に、購入することを決めました。それが2016年のこと。それから修復をお願いして、できるだけ元の部品を使ってオリジナルに近い状態での復元をお願いしたところ、太田垣氏が見事に音も装飾も蘇らせて下さり、演奏可能な状態になりました。響板の修復などは、イギリスとは違う日本の気候を考えてじっくり時間をかけて修復してくださいました。そのため、私の手許に届いたのは半年以上経過した2017年の2月でした。
誕生からすでに200年以上の時が流れていました。長い長い旅路を経てきた楽器の、深く醸成された音に包まれるひと時を是非お楽しみください。
昨今のコロナ流行による異常な緊張感、やるせない気持ちなどを緩めて、人間的に戻れるひと時のコンサートになると思います。
会場の地図は前の記事に入れましたので、クレジットで買えるストアーズstoresへのQRコードを入れます。どうぞご利用ください。ページが開きましたら、チラシをクリックしてください。
御来場お待ちしております。
ピアノを円運動で弾く
ピアノを習うときにこのようなことをよく言われます。
「指を強くしましょう」
「手のひらは卵やボールをつかむような形にしましょう」
「手首はやわらかく、肘や腕は落とさないようにしましょう」
などなど微細に渡る注意を払ってきますが、そのことの本質と具体策をより深く考えたく思っていました。
そして自分も生徒もそのことをよりわかりやすく、効果的に実践できる方法はないものかと色々と試みてきました。楽器の側からも考えを進めることによって、演奏における自由度を広げようとも考えています。
レッスンでは最初歩から成長に応じて腕や指のことと音楽や楽器をより深く結びつけることに取り組んでいくのですが、それに於いて多くの経験を経てようやく最近、自分が考えたり試行錯誤してきたことに一本の道が見えてきました。果てしないけれど力強く歩める道だと思います。
楽器から学ぶ
幸いにもチェンバロやオルガンやフォルテピアノなどと深く関わることができて、その上でピアノを考えられる環境にいます。鍵盤の見た目はどの楽器においても所謂「白鍵」と「黒鍵」が並んでいることに違いはないのですが、発音機構には各楽器で見た目から想像をはるかに超えた大きな違いがあるために、それぞれのテクニックが必要になります。
特にチェンバロからフォルテピアノに移行したとき、フォルテピアノからモダンピアノに発展してきたときには、新しい楽器へ対応する必要がありました。そのため多くのメソードが書かれ、楽器を扱うためのマニュアル的な練習方法が開発されてきました。それが最良かどうかはともかく、テュルク、クラーマー、クレメンティ、ツェルニー、リストなどなどあげたらきりがない先人たちが練習方法と奏法を考案してきたのです。
いくつかのメソードに従ってフォルテピアノを練習してからモダンピアノに行きついてみると、腕や体の使い方の違いに本当に驚かされます。
言葉としては「昔は腕を使わなかった」とか「ベートーヴェン中期で腕を動かし始めた」とか子供の頃から聴いたことではありますが、「こういうことだったのかぁ」という実感は歴史的な楽器を経験したおかげでつかめたものです。そのことを少しでも分かりやすく多くの方に伝えていけたらと思っています。
ハンマーが鳴らしダンパーが止める
ピアノは「鍵盤」に加えた力が「中間レバー」を突き上げ、とても大事な「エスケープメント」という部分などを経て「ハンマー」というものに伝えられます。合理的な仕組みによってハンマーは跳ね飛んで行き「弦」に当たります。弦はハンマーが当たったことによって振動して音が鳴ります。ハンマーはすばやく元の位置にもどります。
指が鍵盤から離れて力を加えなくなると、「ダンパー」というものが振動して鳴っている弦を押さえ込んで強制的に振動を止めます。それで音が止まります。
(メカニックについては今後詳しく解説する機会があると思います)
ピアノは円運動
鍵盤から弦に至るまでの力の伝わり方を考えると、例えばチェンバロは、弦をはじく瞬間は爪が垂直方向から弦に触れていきます。それが引っかかってはじけてまた下がってくるという発音動作を支えているジャックは上下に動くので円運動ではありません。
いかに強力に力を加えていくかというものではなく、爪が弦をはじく瞬間をいかにデリケートに指が感じるかということのほうが重大事だと思われます。
ところが、ピアノは鍵盤から弦までのほぼ全てが円運動をしており、ハンマーをどのような勢いで跳ね上げるかを力加減とスピードで調節しているのです。
少し横道にそれますが、私はこの指の感じ方を通じて、フォルテピアノの中期頃に楽器と奏者の立場が入れ替わったようだと感じています。それは錯覚なのかもしれません。やはり楽器から受けるものは大きいに違いないし、楽器を感じながら弾くことは確かにあるのです。でも楽器からのベクトルの一部が、奏者側からのベクトルに取って変わった部分が存在していると思わずにはいられませんし、そう思うことが錯覚なのだとしたら、そのような錯覚を起こさせる楽器に変化あるいは進化して来たと言えるのではないでしょうか。
ここは小さいようでいてかなり重要な問題です。モダンピアノを弾く人の多くにこの錯覚があって、「つもり」や「夢」というようなものが大きくなりすぎることがあるのです。音はもちろん聴こえていても「つもり」によって耳が慣らされてしまい、奏者には主体的な思い込みによって矯正された音が聴こえてしまうというような状態です。吾が身も含めて自嘲したい点です。
円運動に話しを戻しましょう。ピアノの中身、つまりメカニック部分は円運動でありますから、そこに力を加える腕から指などの一連の動きも円運動を意識した動きをするべきだと思います。鍵盤にぶつかるでもなく叩くでもなく円運動の一部として力を加えられる動きとはどんなものでしょうか。肩甲骨から肩、腕、ひじ、手首、てのひら、指のそれぞれの関節、指先に至る動きと力の入れ方を繰り返し確認して考えていくべきです。
レッスンの際には、それが「音楽をしたい」気持ちを自由に解放する鍵だと思って試みています。また、日本人特有の体の動きというものにも注目しています。指については、鍵盤に与える勢いとスピード、離すときの音の止まり具合と次の音への移行にデリケートな注意力を要します。総合した動きと試行によって各人が持つ「音楽」が空間へと解放されていきます。
個々の部位の動きは、私の拙い文章能力ではとても表しきれませんが、腕全体としては大きな車輪をイメージして(あくまでもイメージです)動かして頂けたら、音楽に一つの風を吹き込んでいけると思います。
初期ブロードウッド・ピアノを巡って(その2)
前回、ブロードウッド・ピアノの中身についてお話しするとの予告を書きましたが、細かな機構の1つ1つの解説はとても長い長いシリーズになってしまうので、とりあえず外から見える部分のことをお話しましょう。
弦の張り方
現在のモダンピアノは弦の長さを保ちつつ楽器の全長をある程度抑えたいために、太い低音の弦と細い中音域以上の弦の一部が〔×〕の形に重なるように張っています。これを交差弦と称しています。アップライトピアノも対角線のように弦を交差して張ってあります。
それに対して、チェンバロをやフォルテピアノでは弦をまっすぐに張り、全ての弦が平行に張られていることから、平行弦とよばれる張り方をしています。弦の長さがそのまま楽器の長さになりますから細ながーい楽器になります。それには駒を分割して長さを緩和したりもするのですが詳しくはまたの機会に。
そしてここでプチ・ラバルマンやグラン・ラバルマンの話しもしたい!!とひらめいたのですが、それもチェンバロのお話しのときまで我慢してとっておきましょう。
さて、話しを戻して、このブロードウッド・ピアノは平行弦です。低音が真鍮、中音以上が鉄の弦です。まだ巻き線は使われていません。したがって低音の迫力はもう少し欲しい欲求を感じます。
平行弦は一本ずつが響版の上の或る位置を独占できるので、純粋な響きが感じられます。
また、このピアノはすべての音に対して弦が3本ずつなので、調律ピンもたくさん並んでいます。
いくつか見える鉄の部品
白い四角いものが弦の上に整然と並んでいるのが見えます。これがダンパーです。その間に円盤状の鉄の板がはめ込まれています。弦の張力の高い楽器はどんどん捻れが生じるので、いずれ捻れた船底のような形になってしまうのです。チェンバロやクラヴィコードなどでは数例を実際に見たことがあります。ですから、それを防ぐために張力に対抗する部品をつけなければなりません。
チェンバロ程度の張力であれば、胴体の構造と木枠や梁で支えられるのですが、フォルテピアノの張力はさすがに木材では支えきれません。そこで鉄の板を貼りつけたり、鉄の支え棒を何本も入れたり鉄枠にするなどの改良が施されていきます。
あぁっ!ここで産業革命のお話しがしたくなりましたが、それも別の機会にして今はこのピアノに集中!!
とにかく弦の張力を支えるために、ブロードウッドは堅牢な木枠と一部分に鉄を使用して歪みを抑えています。
フェルトを重ねたダンパー
ダンパーは音の響きを止める役目をしています。この楽器の場合は数枚のフェルトを重ねただけのもので、頑丈ではありません。従って音の響きがしばらく残るという感じです。この音が残る具合と、どのように音が止まっていくかが演奏に大変重要な影響を及ぼすので、自分の楽器ならば色々実験してみたい所です。
モップ型、差し込み式などいくつかの種類がありますが、モダンピアノでは弦に沿った窪みのある頑丈なダンパーがしっかりと弦の上から押さえつけるようになっています。
【お願い!】
ハンマーやエスケープメントについてなど、ピアノとしては重要な部分の解説はまたの機会にいたします。(え~、そんな大事なことを後回しにするの?とお怒りの方もいらっしゃるかと思いますが…)
それで何を先にするかと言うと、実はThomas Attwoodという作曲家のEllen’s song : Ave Mariaという曲の話しです。この美しい曲をこの楽器で伴奏したくなりました。
しかし、私はこの曲の楽譜を持っていません。探しても見つかりません!
シューベルトのEllen’s song : Ave Mariaはとても有名な曲ですね。この曲の歌詞はWalter Scottという人の「湖上の麗人」という詩をドイツ語訳したものにシューベルトが曲をつけています。
T.Attwoodは、その元々の英語の詩にシューベルトより15年早く曲をつけています。T.Attwoodの作曲家としての評価は多少意見の分かれるところがあるようですが、ブロードウッドのピアノの音色に乗ったこの歌を生で聴いてみたくて仕方ありません。どなたかこの曲の楽譜をご存知の方はいらっしゃらないでしょうか?
何か情報がありましたら是非是非お知らせください。
よろしくお願いします!