最近は様々な楽器を見たり触ったりできるようになりました。
多くの方がピアノだけでなくチェンバロやフォルテピアノに触る機会もあるのではないでしょうか。
そこで今回は、そのような機会にそれぞれの楽器の個性を見分けるための項目について簡単にお話しを致します。
どの楽器でも一番大事なのは「音」です。音楽に必要な音とは何か、音が出ること、音が消えること、音が混ざること、音が躍動すること、音が響くことなどをあらためて考えながら、今まで聴こえなかった新しい音の世界を楽しんでいただきたいと思います。では、どんな部分で楽器の個性が判断できるのでしょうか。
それぞれの楽器について具体的なお話しをしましょう。
ピアノ
ヤマハやスタインウェイやベーゼンドルファーなどのメーカー名はご存知だと思います。それぞれのメーカーによって響板や裏側の梁が違います。アクションと言われるメカニックな部分も多少違いますが、音を出す機構は同じです。楽器の製作年代とどのぐらい弾き込まれているのかなどによって響き方や持ち味が変わります。また、楽器の全長や鍵盤の材質、響き弦の有無や響板の板目なども比べてみる対象となります。
さらに鍵盤に触れた時には、エスケープ(カックンと言う深さとその強さ)の具合や鍵盤の支点までの長さなどが指で感じられるので、一概に重い軽いと言ってしまわずに感触を確かめるといいと思います。鍵盤を押してからの発音の早さや音の返りも個性があります。
音としては倍音の響き方や高音と低音のバランスとか減衰や余韻の長さなど、その楽器の設計コンセプトを感じ取れる部分があります。フォルテからピアノへの変化におけるなめらかさなども個性の1つです。安易に自分の好みや慣れで判断せずに、その楽器が出したい音域や響きを汲み取った上で判断できるといいですね。
フォルテピアノ
次にフォルテピアノですが、こちらは1台1台がとても個性的なので、比べたり評価したりすることがとても難しいです。先ほども書きましたように自分の好き嫌いだけでは楽器の力量は比べられないので、製作家の意向を汲み取るようにしましょう。
まずはその製作家や代表的な工房を知って地域性も考慮に入れて、その楽器を使った主な作曲家は誰かというような下調べが必要でしょう。そして年代がかなり重要になってきます。製作年が10年違うだけで驚くべき発展が盛り込まれている場合があります。特に1800年代の前半は、制作方法から音域まで目覚しい進歩を遂げた時代なので、年代に注意してください。先に知識を入れてから楽器を見ると良いと思います。
フォルテピアノでの個性の一つに鉄が使われていることもあげられます。フォルテピアノは表面から見えなくても必ずどこかに鉄の部材が使われています。前に「ベートーヴェンは弦を切りながら弾いた?」の所でもお話ししましたが、この年代は弦の材質や強度が変わってきていますので、高い張力に耐えられるように鉄が使われているのです。どこにどの程度使われているかはそれぞれで違いますのでそれを知るのも楽しいですね。それぞれの製作コンセプトに従って、音の残り方や響きには本当に個性が出ています。音域とともに倍音の出方や残響の残り方、ハンマーの形状や材質によるアタックの違いなども判断材料でしょう。
ハンマーは外からは見えにくいですが、材質が皮なのかフェルトなのか、芯はどのぐらいの大きさなのか形はどうかなど、それぞれで違いの大きい部分です。
外側の造りもチェンバロに比べて重厚ですからその厚みや材質による響きに重量感を感じることもできるでしょう。
弦については巻き線が使われているかどうか、その場合どの音から下を巻き線にしているのか。1本弦の場合は真鍮か鉄弦か。1音につき何本の弦があるのかなどが個性となって音に現れます。音量については、修復や弾き込みによって変わりますので、音の大小ではなく響板や木枠が鳴っているか、金属と木の鳴りのバランスによる響きのほうを聴かれるといいと思います。
チェンバロ
さて、チェンバロはこれはもう多数の書物が出版されていますのでそちらをご覧になるといいですよ。1つご参考までに紹介しますと「チェンバロ-歴史と様式の系譜」久保田彰著(3800円+税)が株式会社ショパン社から出版されています。これはDVDブックなので音も聴けますし、多数の美しい写真とわかりやすい文章によって書かれています。チェンバロの造り方も見ることができます。チェンバロに詳しくなるならこの1冊から入るといいと思います。
音については弦をはじく爪や弦の種類によって、柔かくも硬くも強くも弱くもすることができるので、演奏曲や演奏場所によって爪と弦を替えることがあります。ですからコンサートなどでチェンバロを聴く場合に、前に聴いたときと音量や質感が違うということはよくあることです。奏者が弦を張替えて爪を取り替えれば当然音質や音量が変わってきます。
それから、爪を変えると鍵盤の感触も変わります。演奏するための力の駆け具合も変わってきます。チェンバロは手作りの楽器ですから、爪が硬いと思ったら柔かい爪に取り替えればいいですし、音の鳴りをソフトにしたければ弦と爪を変えればかなりの変化が期待できます。響板や胴体の鳴り方は変えられませんが(響板の取替えや胴体の改修はすることができます)、弦と爪による変化はそれでも大きなものです。
ですから楽器個性の判断材料としては、音の残り方と減衰のしかた、共鳴箱としての胴体の響き方などです。金属の弦と鳥の羽軸と木枠の胴体のバランスが取れていることが良い楽器、あるいは良い調整ということになります。音は、鳴った瞬間から減衰を始めると途中でブルームという増幅が入ります。それからまたどんどん減衰していくのですが、ブルームのあとの減衰が早いのか遅いのかなどと、胴体の端まで響いた音が演奏者に返って来る感覚の違いなどで個性が測れると思います。またどこら辺の音域で心地よく響くように設計されているのかも耳で判断できる個性です。そして鍵盤数とともにレジスターやリュートストップやカプラーなどの装置による能力をどのぐらい持った楽器なのかということが個性につながります。チェンバロは弦を増減しなければ強弱はつけられませんが、レジスターとかカプラーなどによって、いくつもの鳴らし方で表現をすることができます。
鍵盤が1段か2段かということは、楽器の製作意図と演奏の目的によるものなので、2段のほうが立派だなどということではありません。もちろん高価にはなるとは思いますが。地域によって1段が多く使われていた所もあります。1段の楽器の素直で豊かな響きは、2段の楽器の多少複雑化した音の鳴りとはまた違う個性で必要不可欠なものです。チェンバロはこのように楽器の規模と胴体の鳴り方と、調整のしかたによって個性を判断することとなります。もちろん外側の装飾が美しいものが多く、これも地域性や年代を表してはいますが、やはり鳴りかたを聴いて判断しなければなりません。
コンサートやイベントでこれらの楽器に出会った時を想定して、実に大まかではありますが、楽器の個性を見分けたり楽しんだりする判断しやすい項目を書きました。興味がある方やこれから演奏しようとお考えの方は、是非とも楽器の中身についても調べられることを願います。製作方法や中の構造を知ることで演奏の楽しみも増幅していくことでしょう。
演奏する際には「自分の指に合っている、合っていない」などと言うことではなく、楽器が出したい音をまずは耳を澄まして聴きとってあげて、自分の指でそれをどう料理できるだろうかと考えてみてください。